大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(オ)41号 判決 1986年12月16日

上告人

全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会

右代表者執行委員長

船津義海

右訴訟代理人弁護士

横山茂樹

熊谷悟郎

石井精二

塩塚節夫

中原重紀

被上告人

三菱重工業株式会社

右代表者代表取締役

末永聡一郎

右訴訟代理人弁護士

古賀野茂見

木村憲正

右当事者間の福岡高等裁判所昭和五四年(ネ)第二七四号掲示板、電話設備、構内郵便集配業務等利用権確認並びに組合費等控除業務継続請求事件について、同裁判所が昭和五九年九月一八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人横山茂樹、同熊谷悟郎、同石井精二、同塩塚節夫、同中原重紀の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人が被上告人に対し本件便宜供与を請求する権利は認められないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、失当であり、また、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、原判決を正解せずにその違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長島敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫)

上告代理人の上告理由

第一点 原判決は憲法二八条、労働組合法一条一項、同法七条の解釈を誤った違法があり、且つ判例に違反する。

一、原判決は上告人の不当労働行為の主張を排斥する理由として、

「被控訴人の便宜供与打切りの措置が不当労働行為にあたるとしても、右行為が不法行為を構成し、控訴人ないし全造機三菱支部が被控訴人に対する損害賠償請求権を取得することがあり得るか(成立に争いがない乙第九九号証によると、現に全造機三菱支部が被控訴人を相手どって東京地方裁判所に本件を含めた被控訴人の便宜供与打切りの措置が不当労働行為にあたることを理由として損害賠償請求訴訟を提起し、昭和五八年四月二八日全造機三菱支部敗訴の判決の言渡しがなされたことが認められる。)、又は被控訴人を相手どって行政上の救済措置である労働組合法二七条所定の救済命令を求めることができる(現に、全造機三菱支部が被控訴人を相手どり東京都地方労働委員会に右救済の申立てをなし、昭和四八年八月二〇日被控訴人に対して本件便宜供与を昭和四八年三月三一日現在の状態に戻すことを命ずる趣旨の救済命令を発し、双方の申立てによって中央労働委員会が再審査し、昭和四九年一一月二〇日東京都地方労働委員会の前記救済命令を支持する旨の命令をしたことは、当事者間に争いがない。)ことは格別、不当労働行為の効果として、被控訴人に対して便宜供与をなす法律上の義務が発生させることを肯認できる法律上の根拠を見出すことができない。」

というのである。

二、然し、本件便宜供与の打切りは、被上告人がかねてより上告人を嫌悪し第二組合育成を積極的にすすめ、上告人の組織壊滅ないし弱体化を意図し、週休二日制の導入問題の発生に便乗して労働条件・労務管理の改悪を提案し、第二組合がこれを承認し、上告人が反対するやそれを奇貨とし、上告人に対し労働協約の改訂が出来ないとして、協約を期間満了により消滅させ、労使間に争いのない本件便宜供与に関する協約条項も上告人の再三の申入れにかかわらず、更新を拒否しもって「正当の理由」なく長年の労使慣行を打切って消滅させたものである。そして、上告人の企業内組織活動を第二組合と比し極めて困難な状態に陥入れ組合間差別を行ない上告人の組織運営に支配介入したものである。よって本件便宜供与に関する労働協約の更新拒否による打切りは、労働組合法七条三号に該当する不当労働行為である。

(一) 被上告人は、上告人の活発な組合活動を嫌悪し、昭和四〇年一二月上告人の分裂を強力に援助し、労使協調政策を積極的に推進し、会社の労務政策を組合の名で実行してくれる第二組合の結成を行なわせた(甲第二、九号証四回笹屋証言二五・二六項)。以後、被上告人は上告人を敵視し、その壊滅をはかりながら一方第二組合(全日本労働総同盟全国造船重機械労働組合連合会三菱重工労働組合)を育成強化する方針をもって労務政策を実施してきた。上告人敵視の具体的内容は、社員に対し社員教育を通じて反共・反分会教育を行ない、昭和四四年一一月発足の社員制度を利用して上告人と第二組合間差別を徹底し、上告人に所属するということだけで第二組合の組合員と賃金上・身分上・仕事上その他の私生活関係までの一切の差別を行ない、上告人に所属することがあらゆることで如何に不利益かを組合員に体験させて、上告人からの脱退を慫慂したことである。又、上告人組合員に対する村八分政策を強めるとともに上告人を無視する態度を露骨にし、組合員の脱退を慫慂したことも含まれる(右同二七項)。

一方、被上告人の第二組合に対する育成強化の具体的内容は、上告人組合員と比較し、第二組合組合員の賃金・身分等を遙かに有利に取扱い、第二組合との間にユニオン・ショップ協定を締結し、新入社員の組合選択の自由を剥奪し、第二組合に加入するよう強制する政策をとったり、前述の社員教育の中で第二組合と一体になって思想教育を含む反共・反分会教育を行ない、第二組合を賛美して事実上第二組合加入を勧奨した。又、第二組合役員等の企業内組合活動を容易にするため、離席等を自由に認め多大の便宜を与え、特に公職選挙法に基づく衆参・地方選挙で第二組合役員が民社党から立候補した場合、会社幹部と一体となって、あらゆる便益を第二組合及びその組合員にあたえ、いわゆる企業ぐるみ選挙を行なうという違法の疑いを懐かざる(甲第二八号証四回笹屋二八項、三四項―四六項)を得ないものまで含まれている。

(二) 右の様に被上告人が上告人を嫌悪し第二組合との取扱いを集団的にも個人的にも徹底的に差別し不当労働行為を重ねている中で、本件労働協約の期間満了による消滅問題が発生したが、これは上告人が被上告人の始終業管理・勤怠把握方法の改悪という労基法上違法な労働条件・労務管理改悪強化に反対したことに基因している。そもそも労働条件に関する事項それ自体、労使の利害が対立している限り、常に発生が予定されている事柄であるが労基法上違法な条件の押し付けは極めて少ない。しかも、上告人が違法な労働条件に反対していることの報復として、それとは全く無縁な本件便宜供与の提供を打切ることは二重に違法である。なぜなら、労基法上違法な労働条件を労働者に強制することが許されないだけでなく、便宜供与条項は団結権保障と不可分のものとして被上告人の団結承認義務に基づき慣行として発生し、被上告人とその企業内組合間の労使慣行となっているからである。従って被上告人が、もし上告人のような一部の組合に対し、これを打切ることにすれば上告人の企業内組合活動を全面的に否定する結果となり、団結権保障の法理に反することになることが明らかである(現代労働法講座「労働協約」6―一七八頁、一八六頁参照)。

まして、右労働条件改悪に賛成したとはいうものの、上告人の三〇倍以上の組合員を擁する第二組合には、従前通りの便宜供与をそのまま提供するという方法をとっている限り、被上告人の事業所内での組合活動を第二組合に特別に便宜をはかるということになることは明らかである。結局、便宜供与について組合間差別取扱いを強行し、便宜を供与しない上告人の企業内組合活動を殆ど不可能ならしめ、その弱体化を計る意図があると見なければならず、労働組合法七条三号の支配介入にあたるといわなければならない(労働法事典一〇七一頁参照)。

(三) 本件便宜供与を継続させるか否かは、組合の存立及び企業内組合活動にとって決定的影響を及ぼす。

上告人所属組合員約三〇〇名は被上告人長崎造船所の南北約四キロメートルに亘る細長く且つ約二、六五一、三一〇平方メートルという広大な敷地内にある一〇〇を越える諸施設内に分散して業務に従事しており、上告人が企業内組合である以上、当然組合活動の中心が企業内で行なわれることになり、被上告人の諸施設を利用して行なわざるを得ないこととなるのは言うまでもない。それは、掲示板三五個が被上告人長崎造船所の各部課毎に存在し、又八本の構内電話設備が構内五地区事務所と分会本部との連絡をとれるようにしてあることをみても、明らかであろう。しかも、全日本造船機械労働組合及び同三菱支部は東京都内に本部を置き三菱支部傘下の分会も、長崎・福岡・下関・広島・横浜等々と全国的に分散しているのであるから、それらの連絡の構内郵便・電話が企業内組合活動に不可欠のものであることは否定できず、チェック・オフの利用も組合業務の円滑な処理に不可欠である。

又、上告人の企業内組合活動は上告人組合員だけでなく、一万二〇〇〇人を超える第二組合の組合員らや第三組合・下請労働者らに対しても行なわれ、掲示板・構内電話・構内郵便集配業務・チェック・オフ利用が不可欠であることは右被上告人の企業規模から見て明らかである(四回笹屋一一項―二一項)。従って、もし、第二組合には右便宜供与を全面的に認め、上告人には認めないということになれば、実質的には第二組合の企業内組合活動のみを容認し、上告人のそれを拒否することとなり、組合の存立基盤に重大な影響を与え、結局第二組合のみが被上告人内に存する労働組合となり、上告人を消滅させることになることは必至である。かかる組合の存立に重大な影響を及ぼす事態が被上告人の恣意によって決められることは団結権法認の憲法体系下で許されないものであることは憲法二八条、労組法一条一項、同法七条の趣旨から明らかである。

三、かかる上告人の行為が無効であることは、判例の示すところである。即ち、最高裁第三小法廷昭和四三年四月九日判決によれば「不当労働行為禁止の規定は、憲法二八条に由来し、労働者の団結権、団体行動権を保障するための規定であるから、右法条の趣旨からいって、これに違反する法律行為は、旧法・現行法を通じて当然に無効と解すべき」であると判示している。これは通説も支持するところである(石井照久「団結権」労働法講座二巻二〇五頁・本多淳亮「日本法上の不当労働行為」新労働法講座六巻三二頁・籾井常喜「経営秩序と組合活動」七五頁以下)。

これは、勤労者の団結権を保障する憲法二八条に対する侵害行為が司法救済の対象になることを示しており、労組法七条はそれを具体化したものとして、それに反する行為を無効とし、裁判所による司法救済の準拠規定としているのである。

本件の被上告人の行為はまさに労組法七条三号違反であって、労働委員会もそれを無効としている。裁判所も右判例の趣旨に則し、被上告人の本件行為を無効とし上告人の請求を認めるべきである。

四、しかも前述の如く、被上告人が上告人と労働協約を締結しなかった根本的原因は週休二日制導入に伴なう労働条件の改悪である。

右労働条件の改悪が単なる条件の改悪にとどまらず、労基法違反の労働条件を上告人に押し付けようとするものであったことは前述したとおりである。即ちそれを詳述すれば、

(一) 被上告人は昭和四八年四月から週休二日制を実施するかわりに、一日の労働時間を三〇分間延長し、始終業管理、勤怠把握方法などの諸対策を一方的に変更し「時間管理の厳正化」を計るというものであった。同年四月一日付で被上告人会社が上告人に意見を求めることなく改悪した就業規則をみると、一般部門の労働時間を午前八時から午前一二時まで、午後一時から午後五時までとし、更に始終業基準なるものを明記している。

その内容は、

<省略>

というのである。

その結果、同年六月一日一方的にタイム・レコーダーを撤去し、従来のタイム・レコーダーによる勤怠把握方法をやめ、「始終業の勤怠は更衣をすませ、始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断する」という面着制による勤怠把握方法を一方的に強行した。

その為、上告人組合員は従来は午前八時までに控所のタイム・レコーダーを打刻すれば、その後作業衣を着替え、安全保護具を着装しても遅刻にならなかったものが、面着制になってからは作業衣を着替え、安全保護具を完全に着装して、作業現場近くの所定の体操場所に午前八時までに到着しないと遅刻となることになったため、一五分ないし二〇分の時間的損失を受けることになったり、午前の終業も一二時に作業場を離れるため、控所到着が一二時〇五分頃となり、又、午後の始業も午後一時に作業場に到着しなければならないため、控所を離れるのが一二時五五分頃となり、自由に使用できる昼の休憩時間は五〇分程度しかなくなり、毎日一〇分程度の時間的損害をこうむった。

又、午後の終業も午後五時に作業場を離れることとなれば、控所に着くのは五分過ぎであり、作業後始末として必要な洗顔・洗身・更衣はすべて労基法の「労働時間」外である午後五時以降であり、控所を出るのも午後五時一五分を過ぎることとなった。その為従前と比較して毎日一三分程度の時間的損失をこうむることになったのである。

(二) かかる被上告人の始終業規準が、強行法規性をもつ労基法上の「労働時間」に違反し、違法無効であることは明らかである。即ち、

1 上告人組合員らが被上告人から始業前に完了するよう就業規則上要求されている、作業服・安全帽・安全靴・手袋・安全帯・保護メガネ・マスク・保護具(以下作業服等という)の着装は労働安全衛生規則一一〇条・五三九条・四三五条・五五八条・一一一条・五二〇条・五六三条・一〇五条・五九七条で義務付けられており、これらの措置を講じない事業者(被上告人)は処罰されることとなっている(労働安全衛生法二〇条~二五条・同一一九条・同一二二条)。従って、被上告人は安全心得を作成し、上告人組合員ら従業員に対し右作業服等の着装を明示的に義務付け、それに反する場合は、懲戒解雇を含む懲戒の対象(就業規則七一条一〇号・同七二条五号・一五号)としていることは明らかである。

従って右行為は作業に不可欠の準備行為であるから、労基法上の「労働時間」の開始後になされる性質のものである。そうすると、右作業準備行為は毎日一五分ないし二〇分であるが、労基法上の「労働時間」に入り、被上告人は上告人組合員らに対し、その時間相当の残業手当を毎日支払う義務があることは明白である(昭二三・四・七基収一一九六号・最高一小昭四七・四・六判)。

2 更に右の如く着装を義務付けられている作業服等を体から離脱し、控所の所定の場所に整理整頓しておくことを義務付けられて行なう行為も、作業に不可欠の後始末行為であることは明らかである。又、それは翌労働日の作業からみて、作業前の準備活動にあたることからみても当然であり、労働安全衛生法三条の事業者の責務からみても明らかである。労働省通達でも、坑内労働の「出坑後のキャップランプの返納時間」は労働時間に算入されることを明示している(昭二三・一二・一六基収三九五二号)。

又、上告人組合員らは「著しく身体を汚染する作業場」の労働に従事しているものであるから、被上告人は労働安全衛生規則二一六条により、入浴施設の設置を義務付けられ、上告人組合員らの入浴のため設置している。かかる場合、上告人組合員らは入浴しないうちは人前に出られず、入浴後にようやく当該労務から解放されることとなるから、社会通念上相当と認められる必要入浴時間は、「労働時間」に算入されなければならない。

従って、上告人組合員らの控所における入浴を含む後始末行為は、作業に不可欠なものであるから、労基法上の「労働時間」に算入されなければならず、これを「労働時間」から除外する被上告人の就業規則は違法無効である。

(三) 被上告人の始終業基準は労基法に違反するものであるから、労基法の「労働時間」制に則り、上告人組合員らの被上告人長崎造船所における所定労働時間は、午前八時に所定控所に入場することをもって起点として、右控所を午後五時退場することをもって終点とし、休憩時間も正午に右所定控所へ入場することをもって起点とし、午後一時に同控所を退場することをもって終点とする労働契約上の権利があるといわなければならない。

かかる労基法違反の労働条件の押し付けに反対したことが本件労働協約更新拒絶の原因であり且つ、本件便宜供与打切りの原因であるから被上告人の便宜供与打切り行為は憲法二八条・労組法一条に違反し、無効である。

第二点 原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法がある。

詳細は、追って、補充書によって明らかにする。

以上

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